◯ルカニ合戦｜藤沢／グッドワイフ

午後の静かな時間。
いつものように過ごしていた私の前に、
マルがふらっとやってきた。

手には、小さくて丸い、きれいな柿。

「……よかったら、これ」

それだけ。
説明も理由もなく、ただそっと差し出す。

押しつけがましくもなく、
気を遣いすぎてもいない、
ほんの軽い温度の優しさ。

私は一瞬だけ言葉に詰まった。
だって、柿は本当に好きだから。
（ほんとは好き。むしろ大好き。朝だろうが夜だろうが食べるとテンション上がるくらい。）

でも、それを悟られたくなくて、
少しだけ間をあけて、

「……ありがとう」

とだけ返した。

マルは「うん」と短く頷いて、
それ以上何も言わずに帰っていった。
風みたいな人だな、とふと思う。

あとで柿を食べた、
思っていた以上に甘くて、
口の中がふわっと温かくなった。

カニの私は、硬い殻のくせに、
中身は案外やわらかくて、
こういう優しさに弱かったりする。

特別な会話があったわけじゃない。
大げさな出来事じゃない。
ただ柿を、手渡された。それだけ。

でも、
こういう“ちょっとした優しさ”って、
長く心に残るものなんだなと思った。

結局その日、
柿の甘さよりも、マルのさりげなさのほうが
ずっと長く残った。

たぶんまた会ったら、
ふつうに話すだけなんだろうけど、
今日の柿の甘さは、きっと忘れない。


藤沢🦀