教祖を見た人、前提を見た人|内田あおい/MADAM(マダム)

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内田あおい

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教祖を見た人、前提を見た人

2026/10/13 (火) 07:31:33

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先日、福田恆存の『人間・この劇的なるもの』を批評している人の文章を読んだ。

恆存は「教祖」のようであり、その思想は「現実逃避」なのだという。

なかなか手厳しい。

もっとも、恆存自身も相当手厳しい人間だったから、死後に多少批判されたところで、同情する必要もあるまい。


ただ、私には興味深いことがあった。

そもそも、その人と私とでは、恆存への入り口が違っていたのである。

その人は政治思想の側から恆存を読んでいた。

私は人間観の側から読んでいた。

政治思想から入れば、恆存が何を擁護し、何を否定したのかが問題になるだろう。

一方、私が興味を持ったのは、もっと手前のことである。

人間とは何か。
自由とは何か。
個性とは何か。

政治的な結論よりも、その結論を支える人間観の方が面白かった。


さて、その批評者が恆存を「教祖」と評した理由である。

恆存は、世間が当然と考えている価値観を次々と疑わせる。

ところが、それらを疑わせた末に残るのは、恆存自身の人間観である。

既存の価値観を崩し、最後には自分の思想へ読者を導く。

それでは教祖と同じではないか、というわけである。

なるほど。

しかし、私は恆存を読んで、一度も教祖だと思ったことがない。

というより、『人間・この劇的なるもの』を読んでも、特に驚かなかった。

恆存が疑っている自由や個性といったものを、私自身、もともとそれほど自明なものだと思っていなかったからである。

もっとも、驚かなかったことは、理解したことの証明にはならない。

同様に、強く反発したことも、理解していないことの証明にはならない。

読書中の感情の大きさと、批評の深さは別問題である。


では、なぜ私は恆存を教祖だと思わなかったのか。

おそらく、恆存の人間観を信じるべき教義として受け取っていなかったからだろう。

恆存が自由を疑えば、私も自由について考える。

恆存が独自の人間観を提示すれば、今度はその人間観を疑えばよい。

思想家が何かを断定したからといって、読者までそれを信じる義務はない。

本を読むことと、入信することは別である。

もっとも、私が入信するつもりで読んでいないことと、恆存の思想に教祖的な性格がないことも、また別問題である。

ここを混同すれば、批評者を疑っているつもりで、自分の読書態度を正当化することになる。

実に面倒である。

他人を疑えば済む話なら、研究は随分と楽なのだが。


さて、その批評者は恆存を「現実逃避」とも評していた。

では、現実とは何なのだろう。

自分が現実だと認めているものだけを現実と呼び、それに合わない思想を現実逃避と呼ぶのであれば、随分と便利な言葉である。

自分の立っている場所だけが現実で、他人の立っている場所は観念なのだ。

これでは批評というより、土地の所有権を主張しているようなものである。

もちろん、恆存の人間観にも疑われるべき前提はある。

そこを批判するなら、私も大いに興味がある。

ただし、人間観から読んだ私の方が、政治思想から読んだ人間よりも恆存を正しく理解している保証はない。

入り口が違えば、見える景色も違う。

しかし、自分の入り口から見えた景色を、建物の全体だと思い込んではならない。


私は、批評とは相手の結論に名前を付けることではなく、その結論を成立させている前提と論理を検討することだと考える。

そして、その検討に用いた自分の物差しも、例外なく検査しなければならない。

恆存を教祖と呼ぶのは自由である。

ただし、そう呼んだだけで思想を論破したことにはならない。

教祖を見つけて安心する前に、自分が何を信じているのかを調べた方がよい。

もちろん、私も含めての話である。


そもそも、恆存を教祖と呼ぶ人を批評するために、これだけの文章を書いている私も、随分と熱心な読者ではある。

信者ではないつもりだが、研究室の蔵書だけは着実に増えている。



大宮研究所

所長:風俗嬢
本業:福田恆存研究
所属:なし
学位:なし
研究機関:国会図書館
研究費:全額自腹
研究成果:写メ日記にて発表中

助手:イーブイ🐶
主な業務:所長の監視

本日の研究結果。

教祖の存在は未確認。

ただし、所長の信仰嫌疑については、助手イーブイによる継続監査を要する。




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